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16/10/23 09:59

日産座間記念庫見学 最終回【SKYLINE特集】

皆さん、こんにちは♪ 鈴蘭台北店スタッフブログです。

最終回にして作者が大大大好きな歴代スカイラインの紹介が
出来るとあって意欲がもりもり沸いて来ました(笑) 
ナニブン、大好きなスカイラインですので、興奮し、
私情が反映された内容になっておりますが、
そこのところは予めご承知置きいただき、
しばらくお付き合いお願いします。( *´艸`)クスクス


★NISSAN HERITAGE COLLECTION





左奥銀色:2代目スカイラインS5型 真ん中青色:初代スカイラインスポーツ

青いクーペは初代スカイラインスポーツです。イタリアのミケロッティに
デザインを依頼し、ボディはなんとハンドメイド。総生産台数100台
(一説には60台!?)ほどで、現存していることが奇跡。
マニアの間では3千万円以上で取引されているとか!?
しかし、あまりにも馴染みが無いため、貴重な車が目の前にあっても
ピンと来ないと言うか、イマイチ実感が沸かないのも事実です。
それもそのはず、初代スカイラインは1957年登場。
このスカイラインスポーツは1962年発売。
リアルタイムでご存知の方いらっしゃいます?

奥のシルバーは2台目スカイラインS50型。
1500ccエンジン搭載の小型ファミリーセダンとして
登場しました。そしてプリンスが日本グランプリ制覇を狙って、
より強力なグロリア用の2000ccエンジンを無理やり
搭載したのがスカイライン2000GT−B(S54B型)です。
この時、スカイラインは伝説となり、
人々の心にその名を深く刻まれるのでした。



 
奥:KPGC10型 3代目スカイライン2000GT−R 通称ハコスカ

言わずと知れたハコスカGT−R。プリンスから日産になって
初めてのスカイライン。このクルマは今でも街中で
見かけることがありますね。ほとんどがGT−R仕様に
なっておりますが、果たして本物は走っているのでしょうか?
あるオークションでは本物のGT−Rの相場は1500万円とも、
2500万円とも言われており、欲しくても庶民のへそくりでは
とてもじゃないですが所有は叶わぬ夢です。


 
 KPGC110 4代目スカイライン 2000GT−R 通称:ケン&メリーのスカイライン

4代目スカイライン。
このクルマはスカイライン史上最も成功したモデルです。
4ドア&2ドアとも売れに売れ、CMソングの「愛と風のように」も
30万枚の大ヒット。スカイライングッズも若者に大人気。
ファッションとして受け入れられた結果、月販2万台以上という、
今で言うハイブリッド以上の人気車でした。
北海道にあるケンとメリーの木、見に行かれた方いらっしゃいます?
私は見に行きましたよ。(もう20年以上前ですが・・・)
そこにはケンメリスカイラインもちゃんと置いてありました。

そしてスカイラインといえば丸いテールランプが印象的ですが、
このスカイラインが元祖だったんですね〜(^^)。
さて、大人気のケンメリスカイライン標準車、それに引き換え、
フラッグシップであるGT−Rは、オイルショックのあおりを受け
わずか197台で生産終了した幻のGT−R。あまりにも対照的ですね。
その後、1989年のR32型で復活するまでGT−Rは
16年もの長い間、絶盤となりました。


 手前:C210型 5代目スカイライン 通称:スカイラインジャパン

名ばかりのGT達は、道をあける。・・・・これはライバルだった
トヨタセリカの広告コピー。なんとも挑戦的なCMじゃないですか。
と言うのもDOHCエンジンが高性能の代名詞だった当時、
スカイラインにはDOHCエンジンが無く、そのことを
「名ばかりのGT」と揶揄されました。そこでスカイラインジャパンは
ターボチャージャーを武器に反撃に出たんです。
2000GTターボの登場です。高回転域でこそ威力を発揮する当時の
DOHCエンジンは日常域ではその実力を発揮できませんでした。
そこで日常使いから高性能を実感できるターボを得てスカイラインは
復活しました。フロントバンパーに「逆文字」でTURBOと書かれた
ステッカーが貼ってあり、新聞広告を見た読者が
「写真が逆になってる」と新聞社に問い合わせが
殺到しました。これはスカイラインの前を走る車のミラーから見たら
TURBOと見える演出でした。トヨタの挑戦的なCMに対する日産の
ささやかな反撃・・・かも知れませんね。(^^)




 R30型 6代目スカイライン 通称:ニューマンスカイライン

スカイラインのCMキャラクターにアメリカの俳優ポールニューマンを
起用したことでニューマンスカイラインと呼ばれるようになりました。
排ガスショックから立ち直った各社はパワー競争へと邁進して行きます。
スカイラインも例に漏れず、ハコスカ以来のDOHCエンジンを搭載した
RSグレードを追加発売。「4バルブなしにDOHCは語れない」の
キャッチコピーは痛烈でした。

当時名ばかりのGTと日産を揶揄したトヨタは2バルブで
ツインカムを名乗っていたので強烈なカウンターパンチを
お見舞いしたわけです。その後DOHCにターボを載せ、
「史上最強のスカイライン」を名乗りました。
久しぶりにサーキットに帰ってきた元気なスカイラインに
ファンは熱狂しました。

    
 そしてついにはインタークーラーを得て205馬力まで
パワーアップを果たしたスカイラインRS。マイナーチェンジで
グリルレスの薄型ヘッドランプを得たスカイラインは
「鉄仮面」と呼ばれました。しかしGT−Rの名は与えられませんでした。
それはこのエンジンが4気筒だったからです。

わずか4年の間にどんどん新しいパワーユニットが出たことで
購入したファンの中には戸惑いがあったのも事実です。

このスカイラインはTVドラマの「西部警察」で大活躍。
このマシンRSが活躍したのを覚えている人もいらっしゃるのでは?
6代目スカイラインRSと言えば、赤黒ツートンカラーが印象的ですね。



 R31型 7代目スカイライン4ドアGTパサージュ 通称:7thスカイライン

1985年8月、世はバブル前夜。トヨタのマークツー3兄弟に
代表されるハイソ・カーが大いに受けていた時代。
パワー競争に明け暮れたスカイラインはここで一気に舵を切ります。
「やわらかい高性能」「都市工学」「ソフトマシーン」など、
6代目からは想像もできないキャッチコピーでデビューしました。
デビュー当初は4ドアのセダンとハードトップのみと言うから
スカイラインファンはがっかりしたものです。

エンジンは新開発のRB20型
(SOHC・SOHCターボ・DOHC・DOHCターボ)を用意し、
ターボモデルはR30を上回るグロス210馬力を発揮しましたが
ユーザーの期待を上回ることが出来ず苦戦しました。
そこで1986年待望の2ドアをデビューさせました。



R31型 スカイライン2ドアスポーツクーペGTS‐Xツインカム24バルブターボ

なんとも長い名前ですが、当時中学生だった筆者は
この2ドアのテレビCMにドカーン!
と心を打ち抜かれたのです。
今、日産で働いている自分がいるのも、
このスカイラインがあったからこそ!?
この時から日産一筋でございます(笑)

↓ ↓ スカイライン2ドアスポーツクーペCM 「そのとき、精悍。」

不評だったエンジンも1986年5月の2ドアクーペの
登場と同時に改良され、ハイフローセラミックタービンの採用で
ネット180馬力を達成し、低回転域から高回転まで
気持ちよく回るエンジンに生まれ変わりました。
70km/h以上になるとバンパー下から飛び出してくる
GTオートスポイラーが鼻血が出るほどカッコ良かった!
黒/銀ツートンカラーの精悍なスタイルでデビューした
2ドアは見事スカイライン人気を復活させたのでした。

※エンジン出力表示の変更
エンジンの出力表示にはネット値とグロス値があります。グロスはエンジン単体で測定したものであり、
ネットとはエンジンを車両に搭載した状態とほぼ同じ条件で測定したものです。同じエンジンで測定した
場合、ネットはグロスよりもガソリン車で約15%程度低い値<自工会調べ>となっています。



HR31型 スカイライン2ドアスポーツクーペ GTS−R

そして1987年8月。
7代目スカイラインの人気を決定付けた車が登場します。
全日本ツーリングカー選手権(通称:グループA)レースでの
勝利を目標に開発された、生産台数わずか(※)800台の
スペシャルマシン、それがGTS−です。

ブルーブラックのボディカラー一色で発売と同時に即完売!
あるディーラーではオーナー希望者が殺到し、
抽選で決定したと聞きます。

レースで400馬力(予選では500馬力)以上を出す事を優先し
一般ユーザーが乗ることは想定していないかのように、
市販車の状態でギャレット製T04E大型タービンを装着。
さらにステンレス製等長エキゾーストマニホールド(通称:たこ足)、
前置き大型インタークーラーと言う「通常の市販車ではあり得ない」
レース用部品を装備したRB20DET−Rエンジンは
ネット210馬力(完全にデチューン状態)を発生。
400馬力の素性を隠すと言う意味ではまさに
羊の皮をかぶった狼にふさわしいスペシャルエンジンですね。


スカイライン史上、エンジンにRの称号を持つのは
このスカイラインGTS−Rだけです。
特性はいわゆる究極のドッカンターボで、
排気量2000ccで回すには不釣合いな大型タービンは
3000回転まではスッカスカ!
4000回転からタービンが回りだすと
5000回転からの強烈なパワーが
レッドゾーンまで一気にドッカーンと吹き上がり、
強烈な加速を味わうことが出来ます。

と同時にステンレス製等長エキゾーストマニホールド(たこ足)からの
パイーーーンという排気音はトリハダを通り越し、
脳幹に直接響くような世界一気持ちのいい共鳴音を
轟かせます!まさにこれこそがGTS−R最大の魅力。
メーカー純正で「こんなの市販していいの?」
レベルのスペシャルマシンでした。

ただし、これ程の性能を持ち合わせたスペシャルマシンでも
日産はGT−Rの名は与えませんでした。
GT−Rの復活は8代目スカイラインに託されたのです。

※現存台数400台未満と言われています。


BNR32型 8代目スカイライン2ドアスポーツクーペGT−R 通称:超感覚スカイライン

1989年5月、異例の短さで8代目にフルモデルチェンジした
スカイラインは、世間の熱狂を持って迎えられました。
大きく、重くなりすぎた先代の反省から(※)「伸ばすところは伸ばす、
切るところは切る」と思い切り良く開発されました。
思いっきり走りに振ったスタイリングや
GTSーRを上回る215馬力を発揮するターボエンジンの
搭載で若者を中心に絶大な人気を博しました。

そして注目はなんと言ってもケンメリスカイライン以来
16年ぶりに復活したGT−R。
コンパクトになったボディに、4輪マルチリンクサスペンション、
スーパーハイキャス(4WS)、アテーサE−TS(トルクスプリット4WD)、
280馬力2600ccDOHCツインターボエンジン(RB26DETT)、
アルミキャリパー対向4輪ベンチレーテッドディスクブレーキ等、
日産の持てる技術を惜しみなく投入した
リーサルウェポン(最終兵器)でした。

GTS−Rと違い、2600ccの大排気量を生かし
低速からもりもりとトルクが湧き出るエンジンと
トルクスプリット4WDの組み合わせは鬼に金棒。
カタパルトから飛び出す戦闘機のごとく
スタートダッシュでGT−Rに敵うものはありません。

直線だけではなく実はコーナーも得意なのがGT−R。
短いホイールベースでコーナーリングマシンの素性は
あったものの、FRベースの4WDが威力を発揮します。
強力なブレーキでしっかり車速を落としたら、
コーナー入り口ではFR状態。スーパーハイキャスの
力も借りてノーズがスッとインに向きます。
そこからアクセルを開けていくと怒涛のパワーに
後輪が滑り出すと即座に後輪から前輪へ
パワーを移して4WD状態へ。
滑りながらも前へ前へと進む様子は
今までの車にはない新しい運転感覚。
GT−Rは難しいコーナーリングを
いとも簡単にクリアしてかっ飛んで行きます。

ただし、無敵な印象のGT−Rにも弱点がありました。
それがブレーキです。圧倒的なパワーを受け止めるには
国産最強のブレーキでも間に合いませんでした。
そこでイタリアの世界的なブレーキブランドである
ブレンボ社のブレーキを採用することになりました。
それがGT−R・Vスペックです。

その後の人気や活躍はご存知の方も多いと思います。
グループAレースでは連戦連勝。ついには負け知らずの
26連勝を達成し、海外のレースでも活躍しました。
今でも熱狂的なファンが多く、程度の良い中古車は
700万円とも、800万円とも言われています。

GT−R以外のスカイラインは1991年のマイナーチェンジで
2500ccエンジンを追加するなど、少しずつスポーティから
ラグジャリーへと方向を変えていくのでした。

※伸ばすところは伸ばす、切るところは切る。
伸ばす・・・圧倒的な走りの性能向上。
切る・・・・・ボディの軽量&コンパクト化



BCNR33型 9代目スカイライン 2ドアスポーツクーペGT−R 通称:GT9

先代R32は2ドアクーペが若者に人気でしたが、
小さくなった4ドアはファミリーユースでは
後席が狭く不評でした。そこで9代目スカイラインでは
先代の走りはそのままに、ボディの拡大を図りました。
ところが、皮肉なもので大きく重くなったボディと
大人しくなったデザインはスカイラインファンから
酷評されてしまいました。まるで7代目スカイラインの
デビュー当事と同じ構図。しかし延長されたホイールベースは
室内の広さに貢献するほかにも高速クルージングで
直進安定性が優れるなど、いい面も多々あったのも事実です。

遅れて登場したGT−Rは名機R32を上回る性能を身につけるべく、
ドイツ・ニュルブルクリンクサーキットにおいて、R32GT−Rが
出したタイムを大幅に更新し、その実力を証明しました。
この写真の車両はまさにそのニュル・アタック仕様(テスト車両)です。
よく見ると太いロールケージが張り巡らされていますね。
こうしてR33型GT−Rは「マイナス21秒ロマン」の
衝撃的なCMコピーと共にデビューしたのです。



BCNR33改 スカイライン4ドアGT-Rオーテックバージョン 40th ANNIVERSARY

初代GT−Rはもともと4ドアで始まりましたが、
それ以降GT−Rに4ドアは設定されませんでした。
そこで日産のコンプリートカー製作を請け負う
オーテックジャパンの手によって(2ドアをベースにした)
4ドアのGT−Rが特別に生産されました。
その数わずか400台強。GT−Rの強さを持つ4ドアとして
神奈川県警や埼玉県警にパトカーとして採用されたのも有名な話し。
こんなレアなGT−Rのパトカーなら一度は捕まってみたい!?(笑)

 
BNR34型 10代目スカイライン 2ドアスポーツクーペ GT−R 通称:???

スカイラインは伝統的に速いハコが基本なんです。
少しでもぶれるとファンから酷評に遭います。
1998年5月、R34型10代目スカイラインは速いハコで復活しました。
飛躍的に高めたボディ剛性、ついに280馬力に到達した
RB25DETエンジン、少しコンパクトになったボディなど
ファンが泣いて喜ぶスカイラインの誕生です。

実は作者も独身の頃3年間だけでしたが、
このスカイライン4ドアGTターボに乗ってたことがあるんです。
足回りや排気系をライトチューンしたスカイラインを
マニュアルミッションで操る楽しさを教えてくれた車でした。
古きよき青春時代が蘇る〜♪( *´艸`)

・・・ところが、時代は4ドアセダンから少しずつ離れて行ったのです。
RVと呼ばれる多人数乗車が出来る車に人気が移っていきました。
これで売れなければスカイラインブランドは消滅する。
そう意気込んで開発したスカイラインでしたが、セールス的には振るわず、
わずか3年と言う短命に終わるのでした。

1999年1月の東京オートサロンでデビューしたR34GT−R。
この車が最後の「スカイラインGT−R」となりました。
戦闘的なデザイン、18インチ大径ホイール&タイヤ、
徹底した空力ボディ、ゲトラグ社製6速マニュアルなどで
武装したR34GT−Rは、2002年に生産が終了してからも
根強い人気を維持し、日本はもとより海外のファンも獲得し
、その名は世界に轟いています。


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いかがでしたでしょうか?
スカイラインはこの後、V6エンジンを搭載したV型シリーズへと
受け継がれます。2016年現在でもスカイラインは販売中であり、
日産史上最も歴史のあるネーミングとなっております。
スカイラインに改めて興味を持っていただいたお客様、
鈴蘭台北店にはインフィニティのマークを付けた
新型スカイラインの展示車がございます。

(※2017年4月現在展示車はございません。)


    
 歴史の長さを感じつつ、最新のスカイラインに乗ってみませんか?

さて、長く続いたヘリテージコレクションシリーズ。
今回で最終回と思いましたが、まだ少し写真が残っております。
次回、番外編として少しだけご紹介したいと思います。
長文、お付き合い有難うございました\(^o^)/







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