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20/08/13 10:00

夏・夏・夏休み 4日目 

『美しい妻と一緒』 です

さて何の話?

夏休み、隣にいる方の話?

これは レパード J フェリー のキャッチフレーズ 



なにそれ?おいしいの?

の方もとりあえず読んでみてください。

筆者は好きな車のひとつです。


 
日産ではこれまで沢山のセダンが売られてきました。

サニーやブルーバード、セドリック、グロリアにローレル、スカイライン・・・・

そのどれもが大ヒットや中ヒットしました。



その反面、売れないクルマもありました。

その代表格?といっても過言ではない、その車が冒頭紹介したレパードJフェリーです。

私の調べではJフェリーが一代で販売した数は 約7300台 です。

参考に、サニーだと全世代総数で 537 売れてます。

個人的にはレパードってなんか恵まれてないなぁと思ってます。

その歴史ですが以下になります。



初代 型式F30
1980年 モスクワオリンピックボイコットや、山口百恵さん、王貞治さんが引退し
ジョンレノンがこの世から去った年に発売されます。
この時点ですごい時代に生まれたなと思います。

色々な世界初や、業界初を採用して登場しますが、エンジンの出力が弱く、
結果としてブランドイメージを上げられませんでした。


二代目 F31
1986年 バブル真っ只中のフライデー襲撃の年ですね、発表されました。
こちらはあぶない刑事で有名になった、今でも人気のクルマですが、
やはり発売当時はそんなに売れず、中古車業界がやたらと儲かった車です。

マイナーチェンジに期待しましたが社会現象となったシーマと重なってしまい
目玉だった3Lのターボエンジンを譲ることになり二番煎じとなりました。
本当に恵まれない車です。名前のせいですかね?


三代目 JY32
1992年 開発はまったくされないレパード、しかし・・・
Jフェリーはもともと国内で売るつもりがなく、アメリカ輸出ようでした。
そのため型式も大きく変わっています。

今までとは違うことをアピール、それが『美しい妻と一緒です』
ライバル車はトヨタのクラウンやセルシオです。
中身は本当に高級で本革シートは80万位するものもありました。

4.1Lのエンジンを搭載。オートマは4速でした。
デザインはアメリカ市場を意識したため、当時の日本では受け入れられませんでした。


四代目 JY33
1996年 名前がレパードに戻ります。
日産が経営不振に陥りピンチの時期
レパードの開発が難しいときです。

なのでセドリックやグロリアの大部分を流用して作られました。
いわゆる兄弟車となりました。型式にも反映されてますね。
前期と後期合わせて12000台ほど販売してその歴史が終わりました。

うーん、書いてて悲しくなりました。

実際Jフェリーを乗ってみると今までないくらいの高級仕様です。
あの内装やスペックなら当時お買い得だと思います。

走りも車重が軽いからか、加速も良いしステアリングも機敏です。
今の中古車も同様に整備されているか分かりませんが、非常によく作ってありました。

スタイルもその後のブルーバードなどに受け継がれた訳ですから悪くないんですが・・・

4年間で7300台
1年当たり1825台
1ヶ月152台
47都道府県で3.2台


数字でみると残念カーですが、もしどこかで乗れることがあれば乗ってみてください。

当時の技術が垣間見えます。



 
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