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2026/08/24 07:20
I LOVE NISSAN 江東 No112
こんにちは 江東店 店長の松原です
今回は、少し懐かしい商用車のお話です。
日産には、かつて「バネットバン」というクルマがありました。
■S20型バネット
今では街で見ることも少なくなりましたが、私にとっては忘れられない一台です。
その前のモデルとなるC22型バネットは、日産が製造したクルマでした。
A型エンジンを搭載し、まさに日産の商用車として、お客さまの仕事を支えていたクルマです。
そして、その後継となるS20型バネットから、大きな変化がありました。
それが「OEM」です。
現在では、OEM車という言葉は当たり前になりました。
しかし、当時はまだ違いました。
販売する側も、お客さまも、まだ馴染みのない時代です。
「他社様のクルマに日産のバッヂを付けて販売するの?」そんな感覚でした。
もちろん、どちらが良いとか悪いという話ではありません。
ただ、売る側としては戸惑いがありました。
「他社様のクルマと言っていいのか?」
「言わない方がいいのか?」
「どこまで説明するべきなのか?」
今のようにインターネットで調べることもできません。
カー雑誌で商用車が詳しく特集されることも、ほとんどありません。
正解を探す場所がなかった時代です。
そこで私は、自分なりに考えました。
お客さまには正直にお伝えする。
そして、「クルマの製造メーカーがどこであっても、販売した私が責任を持ってアフターフォローさせて頂きます」そうお話ししていました。
今振り返ると、クルマを販売するということは、単に商品を渡すことではなく、その後の安心をお届けすることなのだと、その時に学んだ気がします。
■S20バネットとの忘れられない思い出
今ではほとんど見ることがなくなったS20型バネット。
私には、このクルマとの忘れられない思い出があります。
知り合いから、「大網市の農家さんの倉庫に、昭和50年式のオートバイ、KAWASAKI W3が置いてある。
松原さん昔からダブサン欲しいって言ってたよね?
車検も切れていてレストアベースだけど、自分で直すならば安く譲るから買わないか?」
以前お話させていただいた「カステラの法則」の1台です。
「すぐに取りに行きます!」
その時、取りに行ったクルマが、青いS20型バネットでした。
しかも、その日は台風の夜。
今考えると、なぜそんな日に行ったのかと思います。
大網市の農道。
暴風雨で視界はほとんどありません。
2メートル先も見えないような状況の中、走っていると嫌な衝撃がありました。
道路に落ちていた鉄パイプを踏み抜き、フロントタイヤがバースト。
台風の中、スペアタイヤへの交換作業です。
雨は横から叩きつけ、服はあっという間にずぶ濡れ。
それでも何とか目的地へ到着しました。
農家のお宅に上げていただいた時には、頭から足元までびしょびしょ。
靴下がしぼれるほどで、とても恥ずかしかったです。
でも、今となっては笑って話せる、大切な思い出です。
その時に出会った人。
その時にパンクしたこと。
何十年経っても、クルマと一緒に思い出は残ります。
S20型バネット。
街から姿を消してしまったクルマですが、私の中では、台風の夜に一緒に走った忘れられない一台です。
やっぱりクルマって、面白いですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
当店ブログ「I LOVE NISSAN 江東」のバックナンバーは、ブログ下の「月別アーカイブ」からご覧いただけます。
今回は、少し懐かしい商用車のお話です。
日産には、かつて「バネットバン」というクルマがありました。
■S20型バネット
今では街で見ることも少なくなりましたが、私にとっては忘れられない一台です。
その前のモデルとなるC22型バネットは、日産が製造したクルマでした。
A型エンジンを搭載し、まさに日産の商用車として、お客さまの仕事を支えていたクルマです。
そして、その後継となるS20型バネットから、大きな変化がありました。
それが「OEM」です。
現在では、OEM車という言葉は当たり前になりました。
しかし、当時はまだ違いました。
販売する側も、お客さまも、まだ馴染みのない時代です。
「他社様のクルマに日産のバッヂを付けて販売するの?」そんな感覚でした。
もちろん、どちらが良いとか悪いという話ではありません。
ただ、売る側としては戸惑いがありました。
「他社様のクルマと言っていいのか?」
「言わない方がいいのか?」
「どこまで説明するべきなのか?」
今のようにインターネットで調べることもできません。
カー雑誌で商用車が詳しく特集されることも、ほとんどありません。
正解を探す場所がなかった時代です。
そこで私は、自分なりに考えました。
お客さまには正直にお伝えする。
そして、「クルマの製造メーカーがどこであっても、販売した私が責任を持ってアフターフォローさせて頂きます」そうお話ししていました。
今振り返ると、クルマを販売するということは、単に商品を渡すことではなく、その後の安心をお届けすることなのだと、その時に学んだ気がします。
■S20バネットとの忘れられない思い出
今ではほとんど見ることがなくなったS20型バネット。
私には、このクルマとの忘れられない思い出があります。
知り合いから、「大網市の農家さんの倉庫に、昭和50年式のオートバイ、KAWASAKI W3が置いてある。
松原さん昔からダブサン欲しいって言ってたよね?
車検も切れていてレストアベースだけど、自分で直すならば安く譲るから買わないか?」
以前お話させていただいた「カステラの法則」の1台です。
「すぐに取りに行きます!」
その時、取りに行ったクルマが、青いS20型バネットでした。
しかも、その日は台風の夜。
今考えると、なぜそんな日に行ったのかと思います。
大網市の農道。
暴風雨で視界はほとんどありません。
2メートル先も見えないような状況の中、走っていると嫌な衝撃がありました。
道路に落ちていた鉄パイプを踏み抜き、フロントタイヤがバースト。
台風の中、スペアタイヤへの交換作業です。
雨は横から叩きつけ、服はあっという間にずぶ濡れ。
それでも何とか目的地へ到着しました。
農家のお宅に上げていただいた時には、頭から足元までびしょびしょ。
靴下がしぼれるほどで、とても恥ずかしかったです。
でも、今となっては笑って話せる、大切な思い出です。
その時に出会った人。
その時にパンクしたこと。
何十年経っても、クルマと一緒に思い出は残ります。
S20型バネット。
街から姿を消してしまったクルマですが、私の中では、台風の夜に一緒に走った忘れられない一台です。
やっぱりクルマって、面白いですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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